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「Funeral or Celebration」友人からのメール

ロスに住む友人からのメールがタイトルがFuneral or Celebrationとめずらしく英語で届きました。

ウン?お葬式とオメデタごとが同時にあった?

お葬式のためにロスからオレゴン州のポートランドまで行ってきたとのこと。
ちなみにポートランドは、日本の北海道に近い緯度で、紅葉が美しかったようです。地図を見ると、もう少し北にシアトルがある。

交通事故で亡くなられた19歳の女の子のお葬式とのこと。
初めて知りましたが、アメリカでは、「悲しみに満ちたお葬式 Funeral」か、「故人の生涯を讃える Celebration」のどちらかを選ぶとのことです。
彼女が出席したのはCelebration

最初にメールを読んだときには、遺族を突然失った計り知れない悲しみを無理に抑えなくてもと感じたのでした。
悲しみのままに気持ちを表す時間というのも必要ではないかと思ったのです。
若い命が突然奪われてご両親も当然のことながら、辛いはずです。
でもどちらかを選択するか考えた時に、悲しみくれながらも19年生きた証を讃えたいという気持ちが強くなっていったのでしょう。

親族や友人たちが出席する中、学生時代の秘話や、思い出の写真がスライドショーで映されて、涙あり笑いありの式となったとのことでした。

《確かに、19年の短い人生だったけれど、娘はこれだけ一生懸命生きたということを、自分たちや皆の胸に刻み、故人を讃える。ただ涙にくれるだけの式にしたくなかった》と、時間の経過とともに私自身も理解できるようになっていきました。

故人の生涯を讃えるセレモニーにより、遺族もできるだけ早い時間に再生する。ただ悲しみにくれるだけでなく、あなたは素晴らしかったと讃えることで、ご自分たちも気丈に生きていく糧にすることができると察せられました。
生涯の閉じ方は個々に異なりますので、残された遺族の悲しみに重点が行くか、故人の生涯を讃えることが本当の意味合いになるのか、一概には言えないかもしれませんが。

2年前に、クリスチャンだった友人のお葬式に参列したことがあります。
そういえば、今回聞いたアメリカの式に通じるところがありました。
やはり、再生・・キリスト教に通じるのでしょうか。

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もうすぐ11月。紅葉の季節がやってきます。

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服装は女性は、きちっとしたシルエットのオーソドックスな、肌が出ないデザインの服を。バッグや靴、ストッキングなども黒で統一します。アクセサリーは光るものは避け、パール、ブラックパール、黒珊瑚などをつけますが身内や親族ははつけません。男性は、黒の礼服ですが、会社から行く場合は紺やグレーのダークスーツなどでもかまいません。ネクタイは黒の無地を。金時計など光るものは外し、ネクタイピンも用いない方が良いですが、パールなど光らない物をつけできればカフスボタンとお揃いにします。ワイシャツは...... [続きを読む]

受信: 2007年10月27日 (土) 10時37分

コメント

となりのとまとさんへ
とまとさんお若いのに、もうそういう風に伝えているんですか。今回の友人のメールを見て、当方も改めて考えるところはありました。
私も自分の分は伝えておかねば。
とまとさんの信仰と信心の違いの説明、よくわかります。私なぞも、都合のいい時に、信心深くなってしまいます。

投稿 ムムム | 2007年10月26日 (金) 09時16分

つれづれさんへ
本当に自分の時は、草花で飾って賑やかに、まあ平凡だったけど一生懸命生きました。というくらいでこじんまりでも和やかにやって欲しいと思いますが、失う側だったら、悲しみの気持ちが大きすぎるでしょうね。

投稿 ムムム | 2007年10月26日 (金) 09時13分

私もやっぱりCelebrationがいいです。
葬式でなくて、お別れの会。好きな曲を流して、皆でワイワイ盛り上がってほしいです。日頃から家族にはそう言ってあります。
信仰と信心の違いを感じます。「日本人は信心深いけど、信仰心がある人は少ない。お参りをしたから極楽浄土へ行けるとか、お百度参りをしたら願いがかなうと言うのは信心です」と言われたことを思い出しました。

投稿 となりのとまと | 2007年10月25日 (木) 19時39分

わが子が・・・・と思うと
頭がおかしくなりそうですが、それでも
うけいれなくてはいけない状況になったら
何が自分を支えるのでしょうか。
海外では 支えるものの中に信仰が強くあると
いうことでしょうか。
自分自身がもしものときは 草花を飾ってにぎやかに!と希望しますが。そうはいかないのが現実でしょうね。

投稿 つれづれ | 2007年10月25日 (木) 10時03分

ネモフィラブルーさんへ
私も今回のお話のように、若い命が突然に失われたような場合では、Celebrationって無理があるのではと思ってしまいました。
そこにキリスト教的な思想が入るのでしょうかともおもったのでした。
所変わればいろいろですね。

投稿 ムムム | 2007年10月24日 (水) 22時25分

Happyばあばさんへ
人の年齢にもよりますよね。
私自身の時には、Celebrationがいいかなと思いますが。
すご~っく年取った方のお葬式って、参列する人も少なくほとんど身内だけになってしまいます。
そういう時、ただ形式的なお葬式でなく、こじんまりとでも故人はこういう人だったと、孫やひ孫にも最後の記憶として残せるような送り方も考えてもいいのかなと思ったりします。でも、結婚式のように手作りのお葬式ってなかなかしにくいのかも。

投稿 ムムム | 2007年10月24日 (水) 22時20分

私も読みながら、キリストの復活を思い出していました。
若い命、ましてや自分の子だったりすると、なかなかcelebrationとはわりきれないような気がします。
欧米の映画、特に家族を描いた映画を見ると、よく理解できない感情が描かれていて、日本人の感情が独特なのかな?と感じていました。
どちらがいいか、なんてわからないけど、私は日本人らしい日本人と言えそうです。

投稿 ネモフィラブルー | 2007年10月23日 (火) 23時29分

日本でもお通夜の席では湿っぽくならないように・・とか、賑やかにしたほうが故人も喜ぶとか言いますよね。
それと通じるものがあるんでしょうネ。
改めてcelebrationという言葉を使うのはやはりアメリカ的だなぁと思ってしまいます。
でも、私もこちらを選ぶかな?

投稿 Happy ばあば | 2007年10月23日 (火) 22時35分

台所のキフジンさんへ
キフジンさん立派です。頭の中で受け入れようと思っても、なかなかそうはいきません。
楽しく暮らすのが一番ですものね。何かに固執して苦しむよりも、楽になる方法を学ぶ。
でも、普通は頭でわかってもなかなか実行できるものではありません。
居ないと寂しいという存在でいたいものだと思います。
私もやっぱりCelebrationがいいかな。

投稿 ムムム | 2007年10月23日 (火) 21時48分

celebration・・を選択します
脳内出血からかえってからのワタシヮ・・自分でも?!!と思うくらい・いい人?ッポクなっていたみたいです・友人もたくさん出来て・自分じゃないみたいです・・生きていることを 誇りに思います・・!!・・ヘン・・かなあー・・

投稿 台所のキフジン | 2007年10月23日 (火) 17時57分

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